「おいしい食べかた」を知れば、人生が変わる。

「ごちめし特別対談企画」では、「ごちめし/さきめし」プロデューサーの今井了介が「食」や「ニューノーマル」をテーマにゲストとお話します。

山本益博(やまもと ますひろ)さん/昭和23年、東京都生まれ。卒論『桂文楽の世界』がそのまま出版されたことを機に、評論家としての歩みをスタート。日本における料理評論家の先がけとして活躍する。食に関する書籍の執筆ほか、テレビやラジオなどのメディア、講演会でも活動。『美食の世界地図 料理の最新潮流を訪ねて』(竹書房新書)など著書多数

今井了介/1971年、東京都生まれ。音楽プロデューサー。「ごちめし/さきめし」を運営するGigi株式会社代表。東京2020オリンピック・パラリンピック チーム コカ・コーラ公式ソング「Colorful」ほか、安室奈美恵「Hero」やLittle Glee Monster「ECHO」など多くのアーティストの楽曲・プロデュースを手がける

第10回目は、ゲストに料理評論家の山本益博さんをお迎えします。長らく食と向き合われてきた山本さんに「おいしい食べかた」をテーマに、お話しをうかがいます。

▼キーワード▼

●あなたの「おいしい」の基準を形作るもの。

●山本さんが「食べかたの先生」と過ごした時間。

●作り手はどう食べてほしいのか。考えて「食べる」。

●それでは、「まい泉」自慢のとんかつを食べ比べ。

●食いしん坊な2人が、人生最後に食べたいものは?

●究極においしいのは「人間味」である。

●山本さんが惚れた、長崎県のシェフとその一皿。

●素晴らしい料理には、シェフの人生が込められている。

二人の対談場所は「ごちめし/さきめし」と「びずめし」登録店である「とんかつ まい泉 青山本店」。実はこちら、銭湯「神宮湯」を改装して作られた珍しい店舗です。店内の随所に当時のなごりが見られるのも楽しみの一つ

対談する「西洋館」エリアは、かつて脱衣所だった場所。二手に分かれている入口や、昭和のころの銭湯に多く見られた格天井(ごうてんじょう)、番台の跡など、銭湯らしい特徴が残された風情ある空間です

あなたの「おいしい」の基準を形作るもの。

今井了介(以下、今井):「本日は、山本さんがこれまでに出会った『食』や『おいしい食べかた』についてうかがわせてください」

山本益博(以下、山本):「よろしくお願いします。しかし、いまは日本中に食いしん坊が増えていますよね。第8回に登場されたマッキー牧元さんからも、『おいしく食べる方法を若い人たちに伝えたい』という話がありましたが、実は『おいしい食べかた』というのは、人から教わらなければ分からないもの。それに気付いている人は少ないと思います」

今井:「なるほど」

山本:「そもそも、作る側の人は必ずどこかで勉強(修業)しますが、食べる人が勉強に行くことはありませんよね」

今井:「確かに、そうですね」

山本:「人生におけるはじめての食体験は、お母さんやお父さんがおうちで食べているもの。つまり、ご両親がおいしいと思ったものを食べさせられているでしょう。5~6歳の子が『あれを食べたい、これがおいしいと思う』なんて言いませんよね。つまり親が一番はじめの教育者で、10代の半ば過ぎくらいからだんだんと、自分の意思が出てくる。会社の先輩や学校の仲間との交流で、親とは別の“おいしい世界”がどんどん広がっていくと思うんです」

「味覚というのは、自分が持っている視覚や聴覚に比べると、とても保守的ですよ。はじめて食べるものには、なかなか箸が出ないでしょう。そう思いません?」(山本さん)

山本:「『おいしいから食べてみなよ』って言われて食べると、『こんなにおいしいんだ!』って思うこともあるじゃないですか。例えばビールなんて、子どものころは『何でこんなに苦いものを…』と感じていても、大人になればおいしくなるでしょう」

今井:「どこがおいしいのか、まったく分からないですもんね。子どものころは、喉ごしとは何だろう? って、不思議な気持ちでした(笑)」

山本:「それがあるとき突然、ビールはこんなにおいしいものなんだ! と気が付く。なので『“おいしさ”というものは、誰かに教わったり歳を重ねながら知っていくものなんだ』という感覚を、誰もが経験するんですね」

今井:「より多くの機会があるというのは大事ですね」

山本:「ですから、それぞれが思う『おいしいもの』には必ず理由があるんです。それを見つけるためには多少の知識と経験、感性がなきゃいけない。さらに若いころに先生がいるかいないかで、ずいぶん違ってきます。つまり、知らないものを食べるきっかけは『家族』ではないんです」

「先輩にご飯に連れて行ってもらう経験も大事なのかもしれませんね。僕が知らないだけで、まだまだおいしいものがたくさんあるんだろうなぁ」(今井)

山本:「そうですね。先輩やふるさとが違う友人との食事が、これまで知らなかったおいしさを知るきっかけになります」

今井:「山本さんも誰かから、“おいしい食べかた”を教わったということですか?」

山本:「はい。浅草の『弁天山美家古寿司(べんてんやまみやこずし)』というお寿司屋さんの親方が気に入ってくれて、いろんなお店に連れていってくださいました。僕の祖母や祖父の代から通っていた、江戸時代に創業した老舗です」

山本さんが、「食べかたの先生」と過ごした時間。

山本さんの“おいしい食べかた”の先生は、『弁天山美家古寿司』の先代・内田栄一さん。こちらには幼少期から通っていたそうですが、きっかけは大学生のころでした。山本さんの食べっぷりを気に入った内田さんが、浅草中の名店に連れていってくれるようになったそうです。

今井:「親方さんが気に入った、その食べっぷりが気になります(笑)」

山本:「きっかけは、のり巻きだったんですよ。僕は、職人さんがのりを切って巻いて出すまでに『のりがしけっちゃうな。早く食べたいな』って思うの。なるべく早く食べたいから、職人さんがのり巻きを出す手と僕の手がぶつかるんですよ。そんなことから、『この子は相当な食いしん坊なんだろう』と思ったらしいのね」

今井:「根っからの食いしん坊なんですね! 10代ながら、のりの食感にもこだわるなんて…!」

山本:「のりはパリパリと音がする薄さ、色、香り、口溶けなど、おいしく食べる条件が6つくらいあるんですよ。それに『弁天山美家古寿司』で食べるのりは、うちで食べているものより断然おいしかったから、いっそう早く食べたくて。そんなことから親方に気に入られまして、あるとき『今度は、山ちゃん1人でおいでよ。午後1時に』と言われたんです」

「当時はどこのお店も通し営業でした。お客さんがいなくなると次の仕込みをして、お客さんが来たら相手をしていたの。下町はどこもみんなそうだったんです」(山本さん)

山本:「それで、出かけていったら『山ちゃん、今日はそば屋へ行く』と。お寿司を食べられると思っていたのに(苦笑)」

今井:「お店に着くころには、すっかりお寿司モードになっていますよね」

山本:「そのときに連れていってくれたのが『並木薮蕎麦(並木の薮)』でした。雷門を背中にして前の通りを右に歩いていくと、仕舞屋(しもたや)風のお店が見えてきて。そこへ行く道すがら、親方が『山ちゃん、“そばっ食い”というけれども、そばは食うもの。“すする”とは言わねぇんだ』と」

今井:「食う、ですか!」

山本:「『山ちゃん、そばは“たぐる”んだよ。 “綱をたぐり寄せる”と言うだろう。うちへ帰って辞書を引いてみりゃぁ、“たぐる……両の手を互い違いに使うこと”と出ているんだ』なんて言うから、はじめは意味が分かりませんでした。さらに『鴨南蛮や天ぷらそばみたいな、温かいそばは食わねぇぞ。冷たいざるそばしか食わねぇから』と。お腹を空かせてきたのに……どうしようと思って」

今井:「若いころは特に、天ぷらなどの揚げものと一緒に食べたくなりますもんね」

山本:「そう、食べたいじゃないですか。そしてお店に入り、親方が注文をしてくれました。そうしたら、ざるをひっくり返したところに、おそばがちょろちょろっと。ざるの網目が見えるくらいにしか乗っていない」

今井:「なぜですか!?」

山本:「山盛りにすると、3分も経てば下のほうにあるおそばに圧がかかって、おいしくなくなってしまうんです。だからそば職人は、できるだけ平たく盛り付ける。散らかっているようで、真ん中から持ち上げればきれいに取れるようになっているんですよ。そしてね、おつゆをとっくりからお猪口(ちょこ)にうつしたら『そんなに入れるんじゃねぇよ。戻しな、戻しな』って止められて」

今井:「きちんと計算されているんですね」

「親方を見たら、お猪口の底が見えるぐらいにしかおつゆしか入っていない。すると、『こんなふうに食べるんだ』と言いながら箸を持って、真ん中のところからおそばを4~5本取って持ち上げるんです」(山本さん)

山本:「そうすると、もう片方の手に持っているお猪口が下がるでしょ。『これを“たぐる”と言うんだ』と。箸を持ち上げてちょいっとおつゆにつけたら、すっずぅうっといい音を立てて食べる、かっこいいですよね。おそば屋さんは、そのたぐる音を聞いて『この人はそばっ食いだな』と分かるんだそう」

井:「粋ですね〜!」

山本:「『ネギとワサビはそば湯のときに使えばいいんだよ。おそばの香りを楽しむんだったら、薬味はいらない』と言いながら、“たぐる”ということを見せてくれました。が、まねをしても、うまくできないんですよ。そんな僕に、『そばは音を立てないといけない!』って親方は言うわけ。だからそれにならって、頑張って食べました」

「それで『ごちそうさまでした』と言ったら、『ごちそうさまじゃぇ、切れっ端が残っているだろう。割り箸をまっつぐ(江戸弁で真っ直ぐ、の意)立てれば、どんな切れっ端もきれいに食べられるんだ』と言われて。やってみたら、ざるに残った細かいおそばをうまく取ることができました」(山本さん)

山本:「ようやく食べ終わったときに、『(箸を)持ち上げるだけ持ち上げておいて、(つゆに)漬け込むだけ漬けておいて、ぐるぐるっ、ずるずると食いやがる。作っている人の気持ちを何も考えねぇ食べかただ』って言われたんですよ。あぁ、“たぐる”という言葉や盛り付けにも、その背景に職人さんの仕事がちゃんとあるんだなと。食べるというのは作る人の気持ちを考えなきゃいけないんだって、このときに教わりましたね」

作り手はどう食べてほしいのか。考えて「食べる」。

山本:「自分がお腹いっぱいになって、おいしい! と思えばいい? そうじゃない。作っている人の気持ちを考えながら食べるもんだというのを、19歳のときに教わったんです。たまたま僕には、『おいしく食べること』を教えてくれる先生がいたんですよね」

今井:「うんうん」

山本:「そのときから、おいしいものを食べるより『ものをおいしく食べなきゃいけない』と思っています。それから50年以上になりますが、その気持ちはいまも同じ。出てきたものを残さずきれいに食べようと」

今井:「そんなきっかけがおありだったんですね」

山本:「そしておそば屋さんには、『そば前』と呼ばれるお酒のつまみが置いてあるんですが、『そういうつまみをちょこっとつまんで、お酒を飲んで、1~2枚せいろをたぐって、ごっつぁんよと言って帰る』。要するに、長いことお酒ばかり飲んでちゃいけないと。そうした食べる者としての振る舞いも、そのときに教わりましたね」

今井:「さっと飲んでおそばをいただいたらスマートに帰る、と」

山本:「そう。『そば屋で長っ尻はいけねえよ、山ちゃん』と言って。そうした食べかたを教えてくれるお師匠さんに10代で巡り合えたのが、食べる仕事をするうえで一番有難かったことだなと思います」

「いまはそういったお師匠さんに出会えたり、教えてもらえる機会がなかなかありませんよね」(今井)

山本:「いまは自分勝手に、『ぜんぶ食べればいいでしょう』みたいな風潮がありすぎる。作っている人の気持ちを“食べる”ということが大事なんだということを、なかなか誰も教えてくれません」

それでは、「まい泉」自慢のとんかつを食べ比べ。

話に花が咲くなか、2種類のとんかつがテーブルに。数種類の豚が楽しめる「とんかつ まい泉 青山本店」のなかでも、特におすすめの「甘い誘惑」と「黒豚」のロースかつをオーダーしました。

「甘い誘惑」ロースかつ膳(2,800円、税込)。まい泉オリジナルのブランド豚「甘い誘惑」によるロースかつは、驚くほど軽やか。その名の通り脂身の甘味と豚肉本来の旨みがあふれる一品です。サクッとした衣に、お箸でも切れるやわらかな豚肉が包まれています

じゅわりと脂の旨みが沁みる、黒豚ロースかつ膳(3,200円、税込)。ジューシーで食べごたえがあり、「甘い誘惑」と同様にお箸で切れるやわらかさ。この食感は、筋を切ってから叩いて繊維をほぐす、丁寧なしたごしらえの賜物です

山本:「では、かつをいただきます」

今井:「こう食べるとおいしい! という秘訣はありますか?」

山本:「無意識に食べるんじゃなく『作っている人の気持ちを食べよう』って考えると、どう食べてあげたらいいか分かってきますよ」

「例えば僕なら、この2番目か、その隣あたりから食べる。バランスが取れているところからいただく、と。そのまま右に行くか、左に行くかを考えるんです」(山本さん)

「そして僕は、キャベツにソースをかけます」(山本さん)

今井:「とんかつにかけないんですね!」

山本:「そう。食べながら塩味がほしいなと思ったら、キャベツを食べると口の中がさっぱりしますよ。ソースもいろいろありますね」

今井:「どれをかけようか悩む!」

山本:「甘口と、こっちは辛口のソースか…どうしよう。黒豚ソースというのも」

まい泉のソースは、創業者が考案したオリジナル。野菜とフルーツで作る定番の甘口をはじめ、締まりのある辛口、黒豚専用、ヒレかつサンド用と、全4種類も用意されているから驚きです! それぞれ、いまでも創業時から変わらないレシピで仕立てられているそう

こちらは黒豚専用の、すりおろしたリンゴを合わせた「黒豚ソース」。シャリっと舌触りよく、コク深い味わいです

今井:「それぞれ味わいが違っておもしろいですね。黒豚ソースはリンゴの自然な甘味もあって、舌触りもいい」

山本:「僕は甘口と黒豚でいただきます。うん、おいしいですね」

山本:「本当はね、どう食べてもいいんです。うるさく言って、うんちくばかり言いやがってと、そういうつもりはありません。作っている人の気持ちを一番分かるように食べるには、どうやって食べたらいいか。もしくは豚さんの気持ちになったら、どこを食べてほしいと思うかな? と、そんな程度なので、こうやって食べないといけません! なんてことは一つもないんですね」

今井:「はい。せっかく食べるなら楽しまないと、もったいないですしね!」

山本:「そう。たくさん食べているうちに、『こう食べると一番おいしいな』と分かってくるはず。そうしているうちに、自分の食べかたが決まります」

今井:「なるほど。食べかたや食べる配分が上手になるには、繰り返しいろいろなところで食べるのがいいかもしれませんね」

山本:「そうですね、食べるときに頭を使う。どうやって食べてあげたら、きれいに全部食べられるかな、一番おいしく食べられるかな? と考える人が、本当の食いしん坊かなと思います」

食いしん坊な2人が、人生最後に食べたいものは?

とんかつを食べながら、話は「衝撃を受けた食体験」の話題に。

山本:「一時期、練馬区の上石神井に住んでいたことがありました。周りにまだ畑があったころです。そこの中華料理屋さんで、レバニラ炒めというのを食べている人がいて。食べたことがなかったから、『いい匂いがするな』と思って食べてみたの。両親は食べなかったジャンルだったから、そのときの衝撃よ! レバニラ炒めというのはこんなにうまいんだ! と」

今井:「僕は、生まれてはじめて親子丼を食べたときですね。デパートの上によくあるようなレストランに母が連れていってくれたんですが、そのときはまだ、人生で親子丼を食べたことがなかったんです」

山本:「では、そこではじめて食べたんですね」

今井:「はい。あまりにおいしくて、何でいままで家で出てこなかったんだろう? という疑問を母に話したら、その後よく作ってくれるようになって」

「家では何となく作りそびれている料理があるんだなと。外食することで気が付くこともある気がします」(今井)

山本:「今井さんは、お米が好きですか」

今井:「大好きです!」

山本:「僕は、人生最後のご飯は何がいいか? と聞かれたら、やっぱり白い炊きたてのご飯だというぐらいにお米が大好きで。だから丼ものは大好き、お寿司も大好き」

今井:「僕が最後に食べるなら、おだしを使った料理…おすましやお味噌汁などがいいですね。丁寧に取ったおだしは何と上品なものなんだと、最近とても好きで」

究極においしいのは「人間味」である。

今井:「子供のころの僕は、気に入ったものを繰り返し食べるのが好きな性格だったんです。でも社会に出て、お食事に連れていってもらったり、もしくは違う国、違う土地へ行って、はじめて味わう食べものもあって。大人になってからいろいろなものを食べさせていただいて、食というものの奥深さを知るようになりました」

山本:「世界にはいろんなお料理があるでしょう」

今井:「はい。そして最近は『ごちめし/さきめし』をはじめたことで、生産者の方や酒蔵の方がどんな思いで作っているのか、僕らが食べるまでには、こんな大変な思いをされているんだなというのを、より身近に感じるようになりました」

「いままでたまたま連れていっていただいたお店で、『これはすごくいいお酒なのよ』と出されて飲んでいた一杯が、まったく違うものに感じるようになりましたね」(今井)

全国に約1万6000の登録店舗がある「ごちめし/さきめし」。2021年には、企業の福利厚生として「ごちめし」の機能を利用できる「びずめし」というサービスもスタートしました

今井:『ごちめし/さきめし』は、アプリを通して食事をプレゼントできたり、先払いする形でお店を応援できるサービスです。山本さんのお話を聞きながら、このアプリがみなさんの食体験にも繋がればいいなと思いました」

山本:「そうですね。好きなものをずっと食べたり、お腹が空いているときに親子丼をかき込むおいしさがあっていいんですよ。作っている人が心から気持ちを込めたものを、うっかりお腹をいっぱいにするためだけに食べるのはもったいないということを、頭の片隅に置いておけば」

今井:「はい」

山本:「音楽と食べものは、作っている人が目の前にいるんです。音楽で言えばライブですね。だから『この人(料理人)と同じ時代に生きられていて幸せだったな』、という共通点がある。小説や建築、絵画は歴史的なものだから、作っている人と同じ空気を吸っている実感はあまりないでしょ」

今井:「分かります! 音楽や食自体は無形の感動じゃないですか。食べものは目の前にあるんだけれども、感動は形がないもので。でも、それを一つの本に残してみたり、形あるものに置き換えていくことによって、その先の時代を生きる人にもその感動が伝わる可能性があるとも感じます」

山本:「そうですね」

今井:「そういった意味では、芸術はすごくおもしろいなと。音楽で言えば、生で見たり聴いたりした感動は、唯一無二の感覚ですけれど」

「うん。だから僕は料理人に限らず、舞台の上でパフォーマンスをするみなさん、スタジアムの中で戦うアスリートたちの活躍にも、同じように興味があって」(山本)

山本:「飛び抜けて素晴らしい人に興味を持って、その人の才能を分けてもらっているような気持ちになる。食べものもそうだけれども、スポーツやエンターテインメントだって、すごい人から感動を受けると、人生が豊かになったな、という瞬間がありますよね」

今井:「食で言えば、こちらがより学ぶ気持ちを持って背景知っているだけで、食べている時間が何倍も豊かになりますよね。そう考えると、自分が死ぬまでにあと何回おいしいものが食べられるんだろう……と考えてしまいます」

山本:「ははは」

今井:「とりあえずお腹が空いたから食べよう! で終わっちゃうのか、そこで学びがあるかというのはすごく重要だなと」

山本:「そういうところまで考えていくと、目の前のおいしい一皿だけじゃない、お皿の向こう側には作っている人がいて、その人自体の味わい深さにも興味が湧いてくる。なので、究極においしいのは『人間味』かなと、僕はよく言うんです。人間味という言葉自体はみんな普通に使っているんだけれど、それを突き詰めている人はなかなかいませんよね」

山本さんが惚れた、長崎県のシェフとその一皿。

今井:「山本さんが職人さんに惚れた瞬間というか、惚れる仕事というのはどんなときですか?」

山本:「たくさんありますけれども、長崎・島原にあるpesceco(ペシコ)というお店は忘れられません。表向きはイタリアンなんですが、そこの井上シェフが作る料理は、いま僕にとって日本中で一番魅力的なんです。1日だけ好きなところへ行っていいと言われたら、そこへ行きたい」

「きっかけは、小山薫堂さんがdancyuに書かれていた記事でした。そこに『ひょっとしたら、シェフは天才かも分からない』と書いてあったのね」(山本さん)

山本:「その言葉に惚れて、ずっと頭の中にあったんです。それで、あるとき現地に行く機会がありました。目の前が有明海で、畑のものもあって、シェフは出している料理を『里浜(さとはま)ガストロノミー』だと言っているんです。里で取れる野菜などと、浜で取れたものを一緒にしているお料理です」

今井:「『里浜』ですか。2つの幸がそろう土地なんですね」

山本:「そう。その里浜を具体的に表現された一皿があって。2年前の秋口ぐらいに行ったとき、クエというお魚の料理と、反対側に白菜があった。白いお皿の上に、半分がクエで半分が白菜、『里』と『浜』ですね。そこにアサリのおだしとサフランを使う、これも里と浜です。どこが素晴らしいかというと、普通はお魚とお野菜を盛り付けるなら、手前にお魚があって、向こう側にお野菜があるものじゃないですか。それが左右に出てきたんです」

今井:「どうやって食べるのでしょう?」

山本:「そこでぱっと思い出したのが、フランスの田舎で育ったミシェル・ブラスという素晴らしいシェフのこと。独学ではじめ、料理の師匠は自分のお母さんだけ。昼間は野原へ行って、ハーブや野菜を持ってきて料理をする。そんな彼が1990年に、野菜だけの素敵な前菜、『ガルグイユ』という料理を作りました。21世紀のいまは野菜がいろんな料理になって、ヒットしているでしょう。そのきっかけとなったのが、ガルグイユなんです」

「ミシェル・ブラスのお店で食べたときに、ヒラメとほうれん草が一皿になったものが出てきたんです。左側にお魚、右側にほうれん草」(山本さん)

山本:「僕はそれを見て、『急いで置いていったのかな?』と思ったの。だからお皿を90度、向こう側にほうれん草、手前にお魚がくるように回したら、サービスの人が飛んで戻ってきて、お皿の向きを戻したんです。戻したということは、シェフの盛り付けに意味が込められているということ。そのまま食べたら、もちろんヒラメもおいしかったけれども、同じくらいにほうれん草もおいしかった」

今井:「どちらも主役であると?」

山本:「はい。おそらく、両方に同じ気持ちでリスペクトを込めているということ。これはすごいなと思う。pescecoの井上シェフが出してくれた一皿は、それと同じようだったの。右側にクエで、左側に白菜。食べ終わったあと、シェフに『先ほどのクエは素晴らしかった。そしておいしかったのは、右にお魚、左にお野菜という盛り付け』と言って、先ほどのミシェル・ブラスの話をしました」

今井:「うんうん」

山本:「『いまから30年も前に、こういうことがあった』と話したら、彼は『鳥肌が立ちました』と。『僕はミシェル・ブラスのお皿は知りません。でも、気持ちは同じです』と言っていた」

今井:「行ってみたいですねぇ」

本:「もちろんお話ししたお料理以外もおいしくて、日帰りでたびたび足を運んでいます」

素晴らしい料理には、シェフの人生が込められている。

「ちなみに最初に出たお皿には、サツマイモをふかしたやつのところに、片口イワシを揚げたものが乗っかっていたの。不思議でしょ。これも里と浜なんです」(山本さん)

山本:「メニューには『地元の漁師さんたちにお話をうかがうと、よく片口イワシがたくさん取れたときは、それを揚げて、サツマイモと一緒に食べたのだそう。考えてみれば、僕もおやつにサツマイモだけではなくて、片口イワシも食べていたなと。そういう話を聞いたところで“自分がいま、料理のなかで表せるものはこういうことだ”と思った』と書いてあって」

今井:「シェフの体験が反映されているんですね」

山本:「つまり自分が生まれたところ、自分が小さいころから食べてきた経験、それから自分の感性を生かして、お皿の中に盛り付けている。それってシビれるくらいいいなと思うんですよ。何がいいかって、最近はどこでも、『どこどこ産の、誰々が作った何々です』とメニューに書いている」

今井:「そうですね、だいたいどこのお店でも見聞きする案内です」

山本:「お寿司屋さんに行ってごらんなさい。多くの人が、『これはどこで収穫された何々です』『下田で捕れた180キロのマグロです』と、優れたシェフだって、食材ばかり探している。pescecoで出会った井上シェフの何に感動したかって、食材探しという意味だけではなく、“自分探し”をしているでしょ」

今井:「それもまた、人間味ですね」

山本:「自分とは一体何者か、小さいときに親にどんなものを食べさせられ、それで自分がどんなものを“おいしい”と感じたのか? やがて料理人になり、何かをお皿の上に表現しようと思ったときに、考えますよね。育った土地の素材だけではなく、自分とも向き合うから人間味があるんですよ」

「都心へ進出されるのではなく、地元にきちんと向き合われているというのがいいですよね」(今井)

山本:「そう。絶対に都会へ連れてきてはダメな人です。だから僕は、pescecoへ行くんですよ。そういう意味でも井上シェフは、いま僕が一番興味のあるシェフの1人です」

今井:「そのお話、音楽家にも聞かせてあげたい」

山本:「さまざまなシェフのお料理を食べるなかで、料理というものは自分探しだということ、そしてオリジナルは自分の中にしかない、この2つが大事なんだと感じています」

今井:「素敵ですね。音楽家もマーケットが巨大なぶん、どうしても『いま流行っている曲調で作ってくれ』みたいなオーダーが多くなるんですよ。でも、そういうのが本当につまらないなと」

山本:「いまは料理人も、みんなそうですよ。食材探しに夢中で自分を忘れている」

今井:「自分に向き合えば向き合うほど、新しい音やオンリーワンの感動が生まれてくるはずですもんね。お話しをうかがいながら、お料理も同じなんだなと。作った人の人生や食べた経験が出るという」

山本:「そういうことですよね。その人の何十年に渡る人生観や、この人ならではの感性などを、料理や音楽というものを通して受ける。だからこそ、食べたり聴いたりしたときに感動するのではないかなと思います。素晴らしいお料理の向こう側には必ず、作っている人間の味わいがあるんです」

●店舗情報

「とんかつ まい泉 青山本店」

住所:東京都渋谷区神宮前4-8-5

電話:0120-428-485

営業:11:00~21:00(LO20:30)緊急事態措置等に基づき、現在は11:00~20:00(LO19:30)

休み:なし(臨時休業の場合あり)

<ごちめし代表・今井了介対談シリーズ>